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東京地方裁判所 平成8年(ヨ)1295号 決定 1996年3月14日

債権者

甲野花子

株式会社ユナイテッド・パフォーマーズ・スタジオ

右代表者代表取締役

奈良橋陽子

右債権者ら訴訟代理人弁護士

鈴木武史

木下潮音

大澤英雄

債務者

モッツコーポレーション株式会社

右代表者代表取締役

髙須基仁

債務者

風雅書房株式会社

右代表者代表取締役

豊田雅彦

右債務者風雅書房株式会社訴訟代理人弁護士

岩田洋明

右当事者間の平成八年(ヨ)第一二九五号仮処分命令申立事件について、当裁判所は、債権者らの申立てを相当と認め、債権者らに共同の担保として

債務者モッツコーポレーション株式会社のため金二〇〇万円

債務者風雅書房株式会社のため金八〇〇万円

の担保を立てさせて、次のとおり決定する。

主文

一  債務者らは、別紙物件目録記載の図書及び写真の出版、配達、発送、頒布、販売等を一切してはならない。

二  債務者らが占有する別紙物件目録記載の動産に対する占有を解き、東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

(裁判官山口浩司)

別紙物件目録

(一) 債権者甲野花子(昭和四〇年八月三日生)を被写体とし、平成八年一月一四日から同月一八日の間に岩手県遠野市及び周辺において荒木経惟及びそのアシスタントらによって撮影された写真からなる写真集(題名「遠野小説」)

(二) 債権者甲野花子(昭和四〇年八月三日生)を被写体とし、平成八年一月一四日から同月一八日の間に岩手県遠野市及び周辺において荒木経惟及びそのアシスタントらによって撮影された写真のポジ、ネガ、製版フィルム、PS版、刷りだし、校正刷り、その他一切の撮影物

仮処分申請書

申請の趣旨

一、債務者らは別紙物件目録(一)、(二)記載の図書及び写真の出版、配達、発送、頒布、販売等を一切してはならない。

二、債務者らが占有する別紙物件目録(一)、(二)記載の動産に対する占有を解き、東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

申請の理由

第一、当事者

一、債権者

1、債権者甲野花子(以下「甲野」という)は、一九六五年八月三日生れの未婚の女性で、女優であり、債権者株式会社ユナイテッド・パフォーマーズ・スタジオ(以下「UPS社」という)と専属出演契約を締結している。

甲野は一九八七年に舞台デビューし、一九八八年にはNHKの朝の連続テレビ小説のヒロインとしてテレビドラマにデビューした後、舞台、テレビ、映画、音楽活動、コマーシャル等、芸能活動全般にわたって順調な業績を上げている有名女優である。

2、UPS社は一九八二年一二月に設立され、企画制作、マネージメント及び音楽出版を目的とする会社であり、代表取締役である奈良橋陽子(以下「奈良橋」という)は、作詞家、演出家及び映画監督としても幅広く活動している。

二、債務者

1、債務者モッツコーポレーション株式会社(以下「モッツ社」という)は出版物の企画制作等を行う会社で、その代表取締役は高須基仁(以下「高須」という)である。

2、債務者風雅書房株式会社(以下「風雅書房」という)は写真集の出版等を主に行っている出版社であり、その代表取締役は豊田雅彦(以下「豊田」という)であり、上田康彦(以下「上田」という)が編集長として勤務している模様である。なお、モッツ社と風雅書房の関係は不明であるが、高須は甲野に対し、「自分は風雅書房の実質的な社長だ」と発言していた。

第二、被保全権利

一、写真集出版契約締結に至る経過

1、甲野及びUPS社は、甲野が順調に芸能活動を続けているものの、やや固定した世間一般の「明るく爽やかな清純派女優」のイメージと異なる作品を写真で作りたいという希望を持っており、ヌード写真ではなくコスチュームと表情で甲野の新たなイメージを出す作品を作ることを検討していた。

2、UPS社の取締役営業部長で、甲野のチーフ・マネージャーである阿部一夫(以下「阿部」という)は、従来から面識のあったモッツ社の高須から著名な写真家である荒木経惟氏(以下「荒木氏」という)の紹介を受けた。

3、甲野の写真集出版の企画については、平成七年一一月一〇日に甲野、阿部、高須、上田及び荒木氏が参加した打ち合わせが行われ、さらに同年一二月一四日には再度、甲野、阿部、高須、上田及び荒木氏他にスタッフが参加した打ち合わせが行われたところ、いずれの際にも、甲野のヌードは出さないこと、表情とコスチュームで甲野の大人の女優としての面をアピールすること、甲野とUPS社が事前に写真ネガをチェックし、了解しない写真は使用しないこと等が合意されたため、甲野の写真集出版に関する契約をモッツ社と締結することとなった。

4、平成七年一二月一八日にモッツ社から阿部に対して、同月一四日の打ち合わせの内容を確認するメモと「出演承諾書(案)」及び「写真集出演に関する覚書」がファクシミリによって送信され、阿部とモッツ社の担当者の間で打ち合わせが行われたが、その際にも、ヌード写真は使用しない写真集であること、週刊誌等の媒体に写真集に関する記事が掲載される内容もUPS社がチェックすること、出演承諾書案に明記してあるとおり、写真集に使用する写真もパブリシティに使用する写真もすべて事前にUPS社と甲野が事前にチェックし了解したものだけを使うことが確認された。これらの出演に関する重要事項が確認されたことで、UPS社は甲野の写真集出演を正式に了承し、写真集出演に関する覚書と出演承諾書に記名捺印した。当然のことであるが、出演承諾書と写真集出演に関する覚書は一体のものであり、甲野とUPS社のいずれも甲野のヌード写真を公表することやヌード写真含む写真集を作成することを了解したり、或いはモッツ社との間でヌード写真集出版の契約したことはない。

二、写真撮影時の状況

1、荒木氏による甲野の写真撮影は、平成八年一月一四日から一八日までの間、岩手県遠野市周辺で行われた。

2、この撮影の際、荒木氏によって甲野の裸体の写真も撮影されたが、高須は甲野及びUPS社に対して、ヌード写真は写真集に使用せず、顔等のみを使用すること、使用する写真は事前に甲野及びUPS社が確認して了解したものしか使用しないことを明言していた。甲野も高須に対して、自分が事前に了解しない写真は絶対に公表を認めないこと、ヌード写真は絶対に公表しないことを繰り返し申し入れた。

三、モッツ社及び風雅書房による甲野の写真の不正使用

1、甲野の写真撮影終了後、モッツ社及び風雅書房の何れからも写真集に使用する写真の事前チェックの申出がなかった。UPS社は、平成八年二月初旬ころから繰り返し、モッツ社及び高須に問い合わせたところ、常に荒木氏が多忙でネガがまだ出来ていない、ネガが出来たらすぐに見せに行くという回答があるのみであった。

2、平成八年三月七日午前一一時頃、UPS社に対し、フジテレビのプロデューサーから翌八日発売予定の写真週刊誌やスポーツ新聞に甲野のヌード写真が載る予定であるという連絡が入り、合わせて講談社発行の写真週刊誌「フライデー」の前刷りとして甲野のヌード写真がファクシミリで送信されてきた。この連絡により、UPS社も甲野も一切写真の事前チェックを行う機会すらないまま、モッツ社がマスコミに対して甲野のヌード写真を頒布したことが明らかになった。

3、UPS社は阿部を通じて、平成八年三月七日にモッツ社の高須と風雅書房の上田に対し、契約違反を厳重に抗議し責任追及を行ったが、両名とも「すみません」と述べて契約違反の事実を認めたものの、既に写真集としての構成を終え、見本刷りにまで進行している甲野の写真集を示し、出版を認めるよう、申し入れてきた。

4、平成八年三月八日発売の写真週刊誌「フライデー」と英知出版発行の「Drピカソ」という雑誌にいずれも甲野のヌード写真が掲載され、合わせて写真集が平成八年三月一五日に発売されるという記事が掲載された。

5、阿部は直ちに風雅書房に電話連絡し、写真集出版の差止を申し入れたが、電話に出た上田は社長である豊田が一二日まで外国出張中であるなどと発言して明確な回答を避け、写真集発売を強行しようとしている態度が強く窺われる態度であった。

四、写真集出版契約の解除

UPS社は、写真の使用に関して事前にUPS社と甲野の了解を得ることという、最も重要な契約事項をモッツ社が無視し、甲野のヌード写真をマスコミに対して不正に頒布した契約違反を理由として、平成八年三月八日、モッツ社に対して契約解除通知を行った。また、同日、風雅書房に対しては、写真集出版停止と写真ネガ等一切の引き渡しを要求した。

五、被保全権利

1、甲野

およそ、自己の裸体の写真を公開するか否かは本人のみが決定し得る事項であり、甲野の了解なく、写真集の出版及びマスコミを通じて大衆に甲野の裸体写真が公表されることは甲野の人格権の侵害であることは明らかである。

また、甲野は女優として、自己の肖像をどのような媒体にどの様に使用させるかを決定する権利を有する(肖像権)。自己の決定に基づかずに甲野の肖像、しかも甲野の女優としての名声、イメージを破壊する恐れのある写真が公表されることが甲野の肖像権の侵害であることは明らかである。

2、UPS社

UPS社は甲野との専属出演契約に基づき、甲野をどのような芸能活動に出演させるかを決定する権限を有している。既にUPS社はモッツ社との間の写真集出版に関する契約を解除しており、UPS社が写真集の出版及び写真の使用を継続することは、UPS社の専属出演契約に基づく独占的管理権限を侵害することは明らかである。

第三、保全の必要性

一、モッツ社及び風雅書房は甲野の写真集を平成八年三月一五日に発売すると告知しており、既に、装丁見本及び内容の刷り見本が完成していることからそのころ出版が強行される危険性は極めて高い。

二、写真集の出版が強行された場合、甲野の人格権侵害に対する実効のある回復措置は不可能であり、さらに女優として非常に大きなイメージダウンを受ける。今後の芸能活動の継続維持にとって、回復困難な障害となることは明らかである。甲野の女優としてのイメージダウンは、直ちに甲野及びUPS社に経済的損害を発生させる。既に、UPS社に対して、甲野がコマーシャルに出演しているクライアント(スポンサー企業)の一つから、今後も甲野のイメージを損なうような写真の公表が続くようであれば、契約についての見直しもあり得る旨を示唆されている。コマーシャル出演が甲野にとって重要な芸能活動であることはいうまでもない。

三、この様な回復し難い重大な権利侵害行為を防止する方法としては、出版差止を命ずる仮処分決定を得る以外に方法はない。また、写真の使用を完全に防止するためには、債務者らが占有する写真ネガ等の占有を解き、執行官保管に置くことによって複製再利用を防止することが必要である。

第四、結論

以上の次第により、申請の趣旨記載の仮処分命令を求める。

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